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厄祓いのジャムセッションでモヤモヤ気分は晴れるか:與那覇潤氏著『過剰可視化社会 「見えすぎる」時代をどう生きるか』から-1

少しずつ、よくなる社会に・・・


自身の「うつ」の体験をカミングアウト(社会全体に向けた告白・情報開示)し、現在評論家として活動している與那覇潤氏(1979年生)による近著『過剰可視化社会 「見えすぎる」時代をどう生きるか』(2022/5/27刊・PHP新書)。
そのタイトルに興味を抱き買い求め、先月読み終えました。

恥ずかしながら、同書を手にするまで、與那覇氏を知りませんでした。
元々は、日本近現代史を専攻する歴史学者だったそうですが、昨年2021年に、新型コロナウィルス禍での学会の不見識に失望し、同年執筆の『平成史ー昨日の世界のすべて』を最後に、自身、歴史学者の呼称を放棄しているとのことです。
だからといって同氏に不都合が起こるわけでもないでしょうから、そのことの意味合いがどの辺にあるのか、重要なのか私には知るよしもありません。
むしろ、うつの経験から斎藤環氏との共著『心を病んだらいけないの?ーうつ病社会の処方箋』や『r知性は死なない「平成の鬱をこえて』などをものにしていることから分かるように、何か一つ特定の職業で同氏を表象する必要はないと思います。

さて本題に入ります。
さまざまな示唆と独特の表現が盛り込まれている本書を用い、<『過剰可視化社会 「見えすぎる」時代をどう生きるか』>と題したシリーズを始めることにしました。
今回は、そのイントロに当たり、本書の構成を転記しつつ、<まえがき>から、「過剰可視化社会」へのアプローチを試みることにします。

本書の目的及び基本的視点:コロナ禍の隠れた犯人としての「過剰可視化」社会

2020年3月以降の新型コロナウイルス感染症の拡大。
いかに社会全体を危機から守りつつ、過剰な対応による副作用も避けるべきか。
そこでの国の病院や国民に対する権力の行使、緊急事態条項の発出などの個別の課題を論じるのではなく、ここまで危機を長期化させてきた社会のあり方を、根底から問い直す。
このとき、日本のコロナ禍をかくも深刻化させた最大の背景は、2010年年代以降に本格化してきた「過剰可視化社会」の弊害である、というのが、本書の基本的な視点である。

少々、私の脚色も入っていますが、これが、本書のプロローグです。

コロナ禍が本書執筆の根源として捉えるのではなく、筆者も指摘するとおり、それ以前から浸透してきており

あまりにもプラーベートが可視化された状態に慣れすぎた結果、私たちは「見せる」ことに伴う副作用の存在を忘れ、逆に「見えない」ものが持ってる価値を感じ取れなくなってはいないか。

と筆者が語る言葉に私は関心を向け、このシリーズを進めていきたいと思っています。

コロナ禍のリベラル批判で始まる<まえがき>

また、先述のプロローグからは、コロナ禍を国の権力、政治のあり方と結びつけての批判も、それなりに大きな位置を占めるであろうことが想像できます。
まさにそれは、この全体のほんの一部を構成するに過ぎないこの<まえがき>において、<情報を「見せる」ことで国民を操る権力><コロナで敗れたリベラルは「全面清算」が必要>というテーマを設定し、冒頭から強い批判を展開していることに表れています。

しかし、ここにおいても、私は、本書を政治書として読むことも、関心を持つこともなく、ただただ「過剰可視化社会」とそこにおける個々人のあり方について、焦点を当てて、紹介と考察を行っていきたいと考えています。
なので、本書における政治論については、最小限にとどめ、別サイト https://2050society.com でシリーズ化を予定している、<2050年の政治と民主主義>シリーズの中で取り上げることにします。

ですので、本稿では、この<まえがき>で示された與那覇氏の説で、政治色が薄く、かつ印象深い点をいくつか選んで紹介することにします。

今、私たちの社会では、とても変なことが起きている。
2011年の東日本大震災も契機となり、2010年代から多くの日本人がSNSを使い始めた結果、特に親しい関係でもない人の「政治的な意見や信条」「抱えている病気や障害」などが、プロフィール欄の記述だけですぐにわかってしまう。
人類史上では長い間、個人の内奥に秘めておくものとされて来たはずの要素が、誰の目にも「見える」存在へと次々に変えている。


私は、「見える」存在化に結びつく前段階での、「見せる」存在化・意識化が普通になってきた時代と捉えています.
言い方を変えれば、個々人の「露出社会」の出現・拡大化・加速化であると。


過剰可視化社会におけるリベラルによるリベラル批判の限界とめざす道筋の喪失

上記の基本認識の次に、コロナ禍で具現化した、リベラルの全体主義化批判がここで比較的熱く披露されるのですが、その紹介は先述の別サイトに譲るとして、もう一つ、過剰可視化社会を象徴する與那覇氏の強い危惧と認識を以下で紹介しましょう。

平成末期以来、SNSが個人のアイデンティティを「過剰に可視化する」媒体となったいま、マイノリティにとっても政治的な志向が近い仲間を集めることはかつてなく容易になっている。
(略)
それなのになぜ、多様性を掲げる野党の選挙戦略は機能しなかったのか。
その背景には、積極的に自ら属性を「可視化」することを望む人々だけに限られた、いわば「キラキラしたダイバーシティ」が、包摂する以上に多くの人を排除してきた事実がある。


野党批判はこの程度にとどめ、先を見てみましょう。

恵まれた人のカミングアウト可視化とできない人の不可視化の格差と疎外感

(與那覇氏が)うつ体験をカミングアウトできるようになったのは、同じ属性を持つ人の間では相対的に「恵まれた」状態になってからのこと、として以下述べています。

本当に病状が重く苦しい段階では、公表して不特定多数の人に告げる・可視化するなど、とても思いもよらなかった。
マイノリティがカミングアウトできる社会になったことは、紛れもなく進歩といってよいが、「カミングアウトできない状態の人」への配慮を忘れるなら、一番苦しい状況にある人を不可視化するだけに終わる。
端的には、マイノリティの中でも容姿端麗で、喋りもうまく、肩書としても成功者と呼べる輝かしい人だけが華々しく「可視化」の舞台に上り、それ以外の人は彼らに「代表してもらった!」とはとても思えずに、むしろ疎外感を加速させてゆく。

「厄祓いのジャムセッション」構成

後述の本書構成にある、第3章・第4章・第5章での3人プラス御本人とのそれぞれの対談を、4人によるジャムセッションと表現し、異常な社会が招来された要因である過剰可視化社会の克服のヒントを探る。
ということで、「厄祓いのジャムセッション」と別タイトルを付けた本書の構成(目次)を以下に転記しました。
多くの項のタイトルが、ひねりが効いていると感じて頂けるのではと思います。
なお、この<本書の構成ー「厄祓いのジャムセッション」>での本書の構成の紹介の冒頭、以下のように、本書の目的は示され、ほっとしています。

本書は(そうした)危機感に基づいて、今日に至った「過剰可視化社会」の形成過程と問題点とを検討し、あるべき対案を提示することを目的としている。

厄祓いのジャムセッション『過剰可視化社会』構成
まえがき
 ・コロナ禍の隠れた犯人としての「過剰可視化」社会
 ・情報を「見せる」ことで国民を操る権力
 ・コロナで敗れたリベラルは「全面清算」が必要
 ・本書の構成 ー 「厄祓いのジャムセッション」
第1章 社会編 日本を壊した2010年代の「視覚偏重」
 ・ベンヤミンが描いた「ルッキズムの近代史」
 ・コロナ危機は「実体なきシミュラークル」だったのか?
 ・過剰可視化が失わせる「身体感覚」
 ・政治の「透明化」がポピュリズムを生んだ平成
 ・2010年代を席巻した「プレゼン」ブーム
 ・「ファクト」はイデオロギーと切り離せない
 ・(column)知の民主主義、取り戻そう
 ・誤解されている「ディベート」の効用
 ・雑誌がスマホになって「論争を楽しむ」文化が消えた
 ・SEALsとコンサルは紙一重
 ・アベノミクスの停滞から「資本主義スターリニズム」に?
 ・政治のプレゼン化がもたらす「悪いローコンテクスト」
 ・対面だけが「異質さとの共存」を楽しさに変える
 ・文脈拒否の思想が生んだ「カネはやるからいいだろう」の政策
 ・「アプリで解決」が生み出す悪夢の孤立社会
第2章 個人編 「視覚依存症」からはこうしてリハビリしよう
 ・キラキラしたダイバーシティの空疎さ
 ・ルッキズムを使った「LGBT擁護」は新しくない
 ・「SNSで大学デビュー」の隠れたリスク
 ・みんなを「出会い系」状態に変えた検索タグ
 ・マニュアル化が現実まで「ファスト動画」に変える
 ・若者の「ヤバい」「エモい」に隠された不安
 ・LINEのスタンプにも「見えない信頼」が必要
 ・ポストコロナにマルクスの「資本論」は甦るか?
 ・言葉のインフレが「ネット左翼」を自滅させた
 ・過剰可視化社会の克服① 人間の「アプリ化」にストップを
 ・過剰可視化社会の克服② 視覚「以外」で世界に触れなおす
 ・過剰可視化社会の克服③ タグを外す「逆カミングアウト」の実践を
 ・デイケアで学んだ「サイクルを回す」ことの意義
 ・「配慮できるエコロジー」を構想しよう
第3章 「見える化」された心と消えない孤独:心理学との対話ー東畑開人✕與那覇潤
 ・心理学は「平成の勝ち組」で歴史学は「負け組」だった?
 ・歴史にもカウンセリングのも物語が不可欠
 ・苦しい「妄想分裂ポジションと冷静な「抑うつポジション」
 ・治療の「見える化」を突きつめて反転した心理学
 ・「個人化」の隘路からどう抜け出すか
 ・カミングアウトの流行は「病名の民主化」
 ・病気で「タグ付け」することの是非
 ・人生のモデルを多様にしつつ、苦悩を社会化するには
 ・「複数のストーリーが走ること」が、精神の健康には重要
 ・「こんな話をしていいですか?」という不安
 ・「有益でなくてもいい」関係が、雑談の価値を生む
 ・「無菌室」に閉じ込められた、安心を解き放とう
第4章 「新たなるノーマル主義」を超克せよ:哲学/文学との対話ー千葉雅也✕與那覇潤
 ・すべてを「啓蒙」し尽くすことはできない
 ・ファクトよりも先に「品位」を問うべき
 ・「釣られない」ことが最後の主体性
 ・不透明な身体こそが、対面での議論をまとめる
 ・本音と建前の「二段構え」の維持を
 ・ポリコレが「原理主義」と化した現代社会
 ・物資としての世界の全体は、根底的には無根拠
 ・グローバルな「接続」だけでは、世界を捉えられない
 ・不可視の「徳」を備えることが、権威と自由を両立させる
 ・マイノリティの属性も「資本」にされる社会
 ・自分にも「イデオロギー」があることを認めあおう
第5章 健康な「不可視の信頼」を取り戻すために:人類学との対話ー磯野真穂✕與那覇潤
 ・「弱者に寄り添う」人文学者はなぜ沈黙したか
 ・科学が進歩しても、人間の根本は変わらない
 ・何でもすぐ検索する社会は、歴史を育てない
 ・ツルツルの広告が映す「無駄のない身体」への欲望
 ・「ハレとケ」を区分できない、のっぺらぼうな日常
 ・「摂食障害化」したコロナ禍を超えて
 ・飢餓とコロナ禍に共通する「超個人主義的」な分断
 ・敗戦後のパチンコは座禅と同じだった?
 ・70年代の日本で家族の死が「不可視化」された
 ・「優生思想」に対抗するにも免疫が必要
 ・本人の身体感覚を抑圧する「健康飲料」
 ・九鬼周造と和辻哲郎に学ぶ「偶然」への対処
 ・「親ガチャ」のどこが間違っているか
 ・数ではなく「接触」こそが、人類の生きる条件
あとがきにかえて
 (column)「調味料」の民主主義

一応、第1回目のプロローグは以上として、今回の最後に、もう一つ、與那覇氏の覚悟を示す言葉を添えて、次回に繋ぐことにします。

可視化することそれ自体を目的視し、カミングアウトが増えれば増えるほど多様性に近づくのだと錯覚する姿勢は、実は「だれもが生きやすい社会」に繋がるどころか、分断をむしろ悪化させる。


「多様性」「ダイバーシティ」という言葉は、なんの疑問も持つことなく、社会に認知され、大切なものという評価が定着しているように見えます。
しかし、一人の人間、自分自身において、多様性はデファクトスタンダードではなく、せいぜいで個性云々と捉えられるレベルのことです。
しかし、多様性の中で、何か共通点を軸にして、相互の認知・理解を進めることは、真逆のベクトルを働かせ、格差や分断を招くことに繋がっていくわけです。
フェミニズムってなんですか?』(2022/5/20刊・文春新書)の著者清水晶子氏は、同書の中で「アクセサリーとしての多様性」と表現していました。
安易に「多様性」を用いることなく、過剰可視化社会における、望ましい多様性社会を考え、創造・構築していく。
これも、本書をシリーズ化して読み進めていく目的・動機としていきたいと思います。

次回は、<第1章 社会編 日本を壊した2010年代の「視覚偏重」>の中からインパクトが大きかった提示・提言を取り上げ、考えてみたいと思います。

少しずつ、よくなる社会に・・・

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